東京オンヌリビジョン教会・【みことばの黙想】

ヨハネの福音書1:6~8|張・在潤牧師



6.神から遣わされたヨハネという人が現れた。
7.この人はあかしのために来た。光についてあかしするためであり、すべての人が彼によって信じるためである。
8.彼は光ではなかった。ただ光についてあかしするためにきたのである。


私たちがイエス様を信じるようになった時、神様は私たちを指して世のと言われましたが、8節を見ると、ヨハネはについてあかしするものとして紹介されています。このについて黙想したいと思います。の本体はイエス・キリストです。ヨハネも、私たちもイエス様からを受けて、そのを反射させる立場として世のと言われたのです。イエス様のを反射できず、私たちは世のですというのはおかしいことです。皆さん鏡を考えてみてください。鏡はを受ければよく反射させます。ですがその鏡が汚れていると反射することができません。金のような信仰になることが完成ではなく、それを毎日磨かなければなりません。一生涯かけて磨いていくのです。ここまでが黙想と思います。
私たちの心がひとつの鏡のようです。心の中に怒り、憎しみ、しこり、いんらん、罪、にがい根等がたくさんありますと、けがれている鏡です。イエス様からを受けても反射することができません。
適用として、の反射を妨害する、私の心の中にあるものを消して、そこを磨いてください。もし皆さんと関係がよくない方がいらっしゃれば祈り、相手に電話などして和解をして下さいませんか?または手紙を送ってみてください。皆さん、何かひとつ実践してみてください。

2010年1月 張・在潤

--2010-01-24--
No. 題目 作成日 照会
1 ヨハネの福音書1:6~82010-01-241904